「ライが全て」——Dan GrieveとBroadieが同じ結論に至る

目次

クラブを選ぶとき、最初に何を見ていますか

残り85ヤード。この数字を見た瞬間に、もう手が伸びている番手があるはずです。多くの人にとって、クラブ選びは距離を見ることとほぼ同義になっています。

ところが、上手い人の手順を見ていると順番が違うんです。距離より先に、ボールがどう座っているかを見ている。芝が順目か逆目か、下に潜っているか浮いているか、足元は平らか。それを確かめてから、ようやく番手に手が伸びる。

この順番のちがいには、技術の側からと統計の側からの、二つの裏づけがあります。

Dan Grieve の原則——ライが、打ち方を決める

Dan Grieve(ダン・グリーブ)はイングランドのショートゲーム指導者です。彼の教え方の中心にあるのが「ライが全て」という原則。ボールの状態が、使える打ち方の範囲を先に決めてしまう、という考え方です。

ライが、選択肢を消していく

ふわりと上げて止める打ち方は、ボールの下にクラブが入る余地があって初めて成立します。ボールが芝に沈んでいれば、その余地はありません。硬い地面に直接乗っていても同じです。打ちたい球ではなく、ライが許す球しか打てない

だから手順は、ライを読む→打てる球を絞る→その中から状況に合うものを選ぶ、になります。距離が入ってくるのは最後です。

逆目のラフから、スピンで止める球は打てない

わかりやすい例が逆目のラフです。フェースとボールのあいだに芝が挟まるので、スピンがかからない。落ちてから止まらず、ピンを直接狙えば必ず奥へこぼれます。この場面で「85ヤードだから52度」と番手だけで決めると、結果は最初から決まっています。

これはグリーン周りに限った話ではありません。ラフからの150ヤードでも、フライヤーになるか出球が上がらないかはライで決まります。長いゲームでも原則は同じです。

Broadie の統計——ライが、期待打数を決める

まったく別の方向から、同じ場所に着いた研究があります。マーク・ブロディの期待打数のデータです。

期待打数とは、ある地点からホールアウトまでに平均で何打かかるかという数字です。ここで重要なのは、この表が距離だけでなくライごとに別々に作られていること。距離が同じでも、ライが違えば別の数字になります。

PGAツアーの基準では、100ヤードのフェアウェイからが2.80打。同じ100ヤードでもラフからだと3.02打。0.22打の差がここにあります。

同じ100ヤードでもライによって期待打数が変わることを示す図。フェアウェイ2.80打、ラフ3.02打
同じ距離でも、ライが変われば期待打数は変わる

0.22打を小さいと見るかどうかは、回数しだいです。1ラウンドで10回ラフから打つなら、それだけで2打を超えます。

木の下や斜面からは、桁が変わる

差がはっきり出るのはリカバリーの場面です。ブロディの解析では、150〜300ヤードの範囲において、リカバリー地点からの期待打数はフェアウェイより0.6打多く、ラフより0.4打多い。

0.6打というのは、ティーショットを1本まるごと無駄にしたのに近い損失です。しかもこれは、そこから上手く打てるかどうかの話ではありません。その場所にボールがある時点で、すでに損は確定している

ここがライの持つもうひとつの意味です。ライは打ち方を決めるだけでなく、次の1打を打つ前から損得を決めています。

バンカーとラフは、距離で順位が入れ替わる

もうひとつ、感覚とずれる事実があります。バンカーとラフのどちらが難しいかは、距離によって変わるということです。

ブロディの解析では、ホールまで15ヤードより近い場面と、34ヤードより遠い場面では、バンカーのほうがラフより期待打数が大きい。その中間の距離帯では逆転します。バンカーは常にラフより悪い、ではない

この事実が効いてくるのは、グリーンを外す側を選ぶときです。「バンカーだけは避ける」を絶対の基準にすると、深いラフの短い側へ外す選択を取ってしまうことがある。距離帯によっては、そちらのほうが損です。

技術と統計が、同じ答えに着く

Grieve は指導の現場から、Broadie は数百万打の解析から出発しました。手法にも立場にも接点はありません。それでも結論は重なります。

観点 Dan Grieve Mark Broadie
出発点 ショートゲームの指導 ショットデータの統計解析
ライの位置づけ 打てる球の範囲を決める 期待打数を決める
距離の位置づけ ライを確かめた後に見る ライごとに別の表を引く
結論 ライが打ち方を決める ライが損得を決める

技術の側から見れば「そのライではその球は打てない」。統計の側から見れば「そのライからは平均でこれだけ多くかかる」。言い方が違うだけで、指しているものは同じです。

ライは、打つ前に損が確定している唯一の要素

スコアを落とす要因の多くは、打った後に決まります。振り方が悪かった、判断を誤った、風を読み違えた。どれも1打を打ってみないと結果が出ません。

ライだけは違います。木の下にある時点で、深いラフに沈んでいる時点で、まだ何も打っていないのに期待打数はすでに上がっている。ライは前の1打の結果であって、次の1打の前提です。

この見方をすると、ティーショットの評価が変わります。飛距離とフェアウェイキープだけでティーショットを見ていると、「200ヤードのフェアウェイ」と「220ヤードの浅いラフ」のどちらが良かったかを判断できません。実際には残り距離とライの組み合わせで期待打数が決まるので、後者が上回る場面は普通にあります。SG:OTT(Off the Tee/ティーショット)がこの両方を同時に扱っているのは、そのためです。

実際のラウンドで、何が変わるか

クラブ選択の順序が変わる

距離→番手、ではなく、ライ→打てる球→番手。この順序に変えるだけで、逆目から無理にスピンを求める選択が消えます。消えた分がそのままスコアになります。

「良いライを残す」が狙いどころの基準になる

ティーショットやレイアップで「あと何ヤード残すか」を考える人は多い。そこに「どんなライに残すか」を足します。100ヤードのラフより、120ヤードのフェアウェイのほうが期待打数は小さい場面がある。距離だけで刻み先を決めると、この判断ができません。刻み先の決め方は残り距離の神話で扱いました。

グリーンを外す側を選べるようになる

ARG(Around the Green/グリーン周り)で最も損が大きいのは、短い側に外して花道を使えない場面です。ピンの手前に十分な余地がある側へ外れるように狙いをずらすだけで、寄せの難度が変わります。この考え方はなぜピンを狙うと損なのかと同じ根から出ています。

日本のコースでは、ライの意味がもう一段重い

ここまでの数字はPGAツアーの基準です。日本のコースでそのまま使えるかというと、注意がいります。

ひとつは芝です。高麗芝は洋芝と絡み方が違い、季節による差も大きい。真夏の伸びた高麗のラフからは、番手を上げても出球が上がらないことがあります。逆に薄い冬芝では、ボールが地面に直に乗るのでフェースを開いて滑らせる打ち方が使えません。同じ「ラフ」「フェアウェイ」というラベルでも、中身が季節で入れ替わります。

もうひとつは傾斜です。日本の丘陵コースは平らな場所のほうが少ない。つま先上がり、左足下がり、それぞれ球筋も距離も変わります。ライという言葉は本来ボールの座り方を指しますが、実際には足元の傾斜まで含めて判断しないと、打てる球は絞れません。

つまり日本でプレーする場合、ライが選択肢を決める度合いはツアーの基準よりさらに大きい。Strokes Gainedで測れないもので書いたとおり、期待打数の表はコース条件を含んでいません。表の数字は方向を示すもので、そのまま自分のコースの数字ではない、という前提で使います。

記録するときの注意

SG(Strokes Gained/ストロークス・ゲインド)を自分で記録するなら、ライは必ず残してください。距離だけを記録したデータは、期待打数の表を正しく引けません。フェアウェイの100ヤードとラフの100ヤードを同じ行に入れてしまえば、その時点で数字は歪みます。

もっとも、ライの判定は人によってぶれます。同じボールを「軽いラフ」と見る人と「沈んでいる」と見る人がいる。厳密さを求めすぎると記録が続きません。フェアウェイ/ラフ/バンカー/リカバリーの4つに分けられれば、実用上は足ります。

ライを見る手順を、3つに固定する

コースでライを読むといっても、時間は限られています。実際に確認するのは3つで足ります。

ひとつ、クラブがボールの下に入るか。沈んでいるか、浮いているか。ここで上げる球が使えるかどうかが決まります。ふたつ、芝の向き。順目か逆目か。ここでスピンが期待できるかが決まります。みっつ、足元の傾斜。ここで球筋と距離のずれ方が決まります。

この3つを見てから番手に手を伸ばす。慣れれば10秒もかかりません。逆に、この10秒を省いて距離だけで決めた1打が、ラウンドに何回あるか。そちらのほうが失っているものは大きい。

まとめ

  • Dan Grieve の原則は「ライが全て」。ライが、打てる球の範囲を先に決める
  • Broadie の期待打数の表は、距離だけでなくライごとに別々に作られている
  • 100ヤードのフェアウェイ2.80打に対し、同じ距離のラフは3.02打
  • リカバリー地点からは、フェアウェイより0.6打、ラフより0.4打多くかかる(150〜300ヤード)
  • クラブ選択の順序は、距離ではなくライから始める
  • 記録するときは距離とライをセットで残す

ARGの全体像はSG:ARG完全ガイド、期待打数そのものの説明は期待打数とは何かにあります。

出典
・Mark Broadie『Every Shot Counts』(邦訳『ゴルフデータ革命』, 2014)
期待打数はPGAツアー基準(2004–2012)。100ヤードのフェアウェイ2.80打/同ラフ3.02打
・Mark Broadie “Assessing Golfer Performance on the PGA TOUR”(Columbia University, 2011)
150〜300ヤードのリカバリーは、フェアウェイより平均0.6打、ラフより0.4打多い
・Dan Grieve のショートゲーム指導における原則(概念の参照)

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