数字を集めても、上達しない人がいるのはなぜか
SG(Strokes Gained/ストロークス・ゲインド)を記録し始めると、最初の数ラウンドは面白いんです。自分の弱点が数字で出てくる。ところが半年ほど経つと、数字は溜まっているのにスコアは動いていない、ということが起こります。
データは道具であって、上達そのものではない。では、道具の外側には何があるのか。それを4つに整理した本があります。Jon Sherman の『The Four Foundations of Golf』、邦題『ゴルフ 4つの土台』です。
4つの土台
Jon Sherman(ジョン・シャーマン)は Practical Golf というサイトを運営する書き手で、プロコーチでも選手でもありません。アマチュアの視点から、データと実践を突き合わせて書いてきた人です。この本が扱うのは、スイングの作り方ではなく、上達を支える枠組みのほうです。
1. 期待値の管理
最も多くの人が崩しているのがここだ、というのがこの本の立場です。自分の実力から見て妥当な結果がどのくらいかを知らないまま、うまくいかなかったと落ち込む。
たとえば100ヤードから6メートルに寄れば、ツアー選手の平均と大差ありません。それを「もっと寄せられたはず」と受け取れば、良い1打が悪い1打として記憶されます。妥当な水準を知らないと、評価そのものが狂う。
そして狂った評価に基づいて練習メニューを組めば、直す必要のないところを直しにいくことになります。この層はSGの基準値とはと直結しています。
2. 戦略(コースマネジメント)
技術を上げずに、明日から打数を減らせる唯一の領域です。狙う場所、刻むかどうか、グリーンのどちら側に外すか。
本書が繰り返すのは、大きな失点を避けることの価値です。良いスコアは良いショットの積み上げではなく、大叩きの少なさで決まる場面が多い。狙いどころの具体はティーショットの狙いどころとなぜピンを狙うと損なのかで扱いました。
3. 練習
練習量ではなく、練習の設計を問う章です。同じ球を同じ番手で続けて打つ練習は、打っている最中の手応えは良いのに、コースに持ち出すと消えます。順番を変える、1球ごとに狙いを変える、成否を記録する。
ここでも起点は数字です。どこで損しているかがわからないまま練習配分を決めれば、得意なところをさらに磨く時間になりがちです。
4. メンタル
精神論ではなく、扱い方の話として書かれています。中心にあるのは、過程と結果を切り離すという考え方。正しい判断をしても悪い結果は出るし、悪い判断でも良い結果は出る。1回の結果で判断を変えると、戦略が定着しません。
この点は良い判断と、良い結果は別物で別途扱っています。
SGと「4つの土台」は、噛み合う
4つを並べると、SGとの関係がはっきりします。期待値と戦略はSGの入力側、練習とメンタルはSGの出力側にあります。

入力側というのは、SGの数字が出る前に効いているという意味です。妥当な期待値を持っていなければ数字を読み違えるし、戦略が悪ければ数字は最初から沈みます。
出力側は、数字が出た後に効きます。どこで損しているかがわかって初めて練習配分が決まり、その配分を数ヶ月続けられるかどうかはメンタルの領域に入る。
つまりSGは4つの土台の外側にある別物ではなく、4つを繋ぐ配線のような位置にあります。逆に言えば、SGだけあっても4つが欠けていれば動きません。冒頭の「数字は溜まったがスコアは動かない」は、たいてい入力側か出力側のどこかが抜けている状態です。
なぜ「土台」という言い方をするのか
4つはどれも、スイングそのものには触れていません。それでも土台と呼ばれているのは、スイングが良くなってもここが欠けていればスコアに出ないからです。
実際、練習場での球筋が明らかに良くなった年に、スコアがまったく動かないということは珍しくありません。良い球を持っていても、狙う場所を間違えれば損は出るし、妥当な期待値を持っていなければ良い日を悪い日として記憶します。技術は積み上げるもので、土台は支えるもの。支えが傾いていれば、積み上げた分がそのまま傾きます。
逆に言えば、土台側は技術より早く直ります。狙い所を変えるのは今日からできる。ここが、この本を読む実利です。
4つのうち、どれが崩れているか
4つ同時に手をつけることはできません。自分がどこで詰まっているかは、症状から逆算できます。
良いショットを打っても満足できないなら、期待値
ラウンド後にほとんどのショットを失敗として記憶しているなら、まず疑うのは技術ではなく基準のほうです。妥当な水準を知らないまま自己評価すると、良い1打まで反省の対象になります。
ミスの種類が毎回違うのに大叩きが続くなら、戦略
ダフリの日もあればOBの日もある。それでも1ホールで4打も5打も落とす場面が毎ラウンド出るなら、原因は打ち方より狙い方にあります。同じ失敗を技術で防ぐには何ヶ月もかかりますが、狙い所を変えるのは次のホールからできます。
練習場では打てるのにコースで出ないなら、練習
同じ場所から同じ番手を並べて打つ練習は、コースの条件と噛み合っていません。コースでは1球ごとにライも距離も傾斜も変わる。練習の形が本番と違えば、持ち出せないのは当然です。
数字を見て練習方針を毎回変えているなら、メンタル
3ラウンド目で「アプローチが弱点だ」、5ラウンド目で「やはりパットだ」。これを繰り返している間は、どの練習も定着しません。少ないサンプルの揺れに反応しているだけです。何ラウンド必要かはSGは何ラウンドで信頼できるかにあります。
この本が書いていないこと
スイングの作り方は書かれていません。グリップもテークバックも出てきません。そこは別の専門領域だ、という立場です。
また、数字の計算方法もほとんど扱われません。SGの中身を知りたければStrokes Gainedとは何かやマーク・ブロディとは誰かのほうが直接的です。この本の役割は、数字を持った人がその数字をどう扱うかの側にあります。
もうひとつ。4つの土台のうち、どれから手をつけるべきかという順番は明示されていません。人によって崩れている場所が違うからです。ただ、戦略だけは技術を必要とせず即座に変えられるので、最初に触るなら費用対効果は高い。
4つを一度に直そうとしない
この手の枠組みを読んだ直後は、全部やろうとしがちです。期待値を学び直し、戦略を変え、練習メニューを組み替え、メンタルの本も買う。だいたい3週間で元に戻ります。
4つのうち、同時に変えられるのはせいぜい1つです。しかも変えた効果が数字に出るまでには、ラウンドが何回か要る。1ラウンドや2ラウンドで判定しようとすれば、運の揺れを効果と読み違えます。
順番として無理がないのは、戦略から入ることです。技術も習慣も必要とせず、次のラウンドで実行できて、しかも効果が比較的早く数字に出る。戦略が固まってから練習の設計に移ると、練習の的も定まっています。
実際に読むとしたら
訳書が出ているので日本語で読めます。分量は多くなく、章ごとに独立しているので順番に読む必要もありません。
SGを記録している人なら、2章(戦略)と3章(練習)から入ると自分の数字と噛み合います。まだ記録していない人は、1章(期待値)から読むほうが、後で数字を見たときの受け止め方が変わります。
読むときにひとつ注意があります。本書のデータの多くは英語圏のアマチュアが対象です。日本のコースは洋芝と高麗芝が混在し、2グリーンの構造も多く、そのまま当てはまらない部分があります。この差についてはStrokes Gainedで測れないもので触れました。
SGと併せて使うと、どうなるか
実際の運用としては、次の形になります。
まずSGでどのカテゴリが最も損しているかを見る。ここまでは数字の仕事です。次に、その損失が4つの土台のどこから来ているかを判断する。同じ「SG:APP が悪い」でも、狙う場所が悪い(戦略)のか、狙ったところに打てない(練習)のか、そもそも妥当な水準を誤解している(期待値)のかで、やることが変わります。
この判断は数字が自動でやってくれるものではありません。SGは場所を示すところまでで、原因の切り分けは人間の仕事です。だからこそ4つの土台という枠組みが要る、という順序になります。
そしてどこから手をつけるにせよ、効果が見えるまでには時間がかかります。戦略を変えた翌週に90を切れるわけではないし、変えた直後に悪いスコアが出ることも普通にあります。1回の結果で判断を戻さないこと自体が、4つ目の土台の中身です。
データを持っている人ほど、この本が効く
数字を持っていない人がこの本を読むと、4つとも正論に見えます。持っている人が読むと、自分がどこで詰まっているかが具体的に見えます。同じ本でも、受け取れる量が変わる。
SGを記録していれば、「戦略が悪い」ではなく「SG:OTT(Off the Tee/ティーショット)が毎回マイナス2打で、うち大半がペナルティから来ている」まで分解できます。そこまで具体になって初めて、狙い所をどう変えるかという話になります。
逆に、数字がないまま4つを直そうとすると、直感で優先順位を決めることになります。それは結局、この本が最初に警告している「期待値の誤り」と同じ罠です。
まとめ
- Jon Sherman『The Four Foundations of Golf』(邦題『ゴルフ 4つの土台』)は、期待値の管理・戦略・練習・メンタルの4つで上達の枠組みを整理した本
- 期待値と戦略はSGの入力側。数字が出る前に効いている
- 練習とメンタルはSGの出力側。数字が出た後に効く
- SGは4つの外側にある別物ではなく、4つを繋ぐ配線の位置にある
- スイングの技術論とSGの計算方法は扱っていない
- 戦略は技術を必要とせず変えられるので、最初に触る領域として効率が良い
出典
・Jon Sherman『The Four Foundations of Golf』(邦訳『ゴルフ 4つの土台』, 2022)
・Practical Golf(Jon Sherman による運営サイト)
・Mark Broadie『Every Shot Counts』(邦訳『ゴルフデータ革命』, 2014)——期待値の水準について

